掛け時計

Posted on Fri 13 April 2018 in 雑念

現代はあまり役に立たずのに過去から残る物がいっぱいある時代だとおもいます。

たとえば、私が何時かと思ったら、時間を見るにはいろんなもので確認できますね。
携帯。腕時計。アップルウォッチ。フィットビット。パソコン。電子レンジの液晶画面。
確かに、現代には私達が時間を避けられない時代と言ってもいいでしょう。

そうだったら、なぜ掛け時計がまだ使われているか不思議のではありませんか?
私は不思議だと絶対に思いますよ。

アメリカのカジノの中では掛け時計がまったくない、と数年前に誰かに指されました。
(大人になってから初めてラスベガスへ出張したときに、ようやく確認できました。)
何故なら、カジノのお客様が何時かわからないほうが良くて、時間を気にせずスロット機械やカードテーブルでお金を費やすために設計されたロボットのように遊び続けるだろうというセオリーに基づいた仕掛けだそうです。

時計を外す理由としてはひどいけど、カジノの例に従うのが二つの利益があると思います。
1つ目は経済的な節約だから。
どの立場から見ると、私達が液晶画面の時計に囲まれているから、壁に時計をかけるなんてもったいない、と考えるしかない。
大手会社が掛け時計の代わりに、なんか動けるガチャとか作って売るほうがいいじゃないか。
2つ目は世の中にある時計を減少するのはいいことだから。
私達は時計に囲まれていることだけじゃなく、私達の人生が時計に支配されていると言っていいでしょう。
カジノで暮らしたいわけじゃないけど、時計のない場所があると思えば、そこまで逃げばいいなあ、とたまに思うときがあります。